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2014年5月4日(日)

名古屋 → 末広橋梁・臨港橋 → 太平洋セメント四日市港 ◆

昨夜は旅友のB高さんの家に泊めていただき、朝から活動開始です。
この日もB高さんの車で、いろいろ案内していただきます。
よろしくお願いします。

旅ですが、まずは予てから訪問かった場所、末広橋梁に向かいます。
この末広橋梁ですが、JR貨物の四日市から四日市港間の運河にかかる可動橋です。
平日は運河を船が通るので橋が跳ね上がっていて、貨物列車が通るときこのように橋が降ろされます。
しかし、この日はGW中。
休日は逆パターンで、常時降ろされた状態で、船が通るときだけ跳ね上がる仕組みです。




跳ね上がってる写真は、googleで末広橋梁で検索するとすぐにみつかります。
末広橋梁は見事に逆光で、刺すように強い夏を思わせる朝日に早々に撤退します。
次に末広橋梁の見える橋、臨港橋にやってきました。
この時にはじめて知ったのですが、この橋も可動橋です。

B高さんと橋をくまなく調査して、跳ね上がる仕組みや操縦室の様子など大体分かりました。
最後にはyoutubeで稼動しているところの動画を見て、ようやく落ち着きました【笑】
それにしても橋に踏切があって、稼動時は「チンチン」鳴るんでしょうが、いきなり目の前の道がせり上がってきたらビビりますよね。



今度は、臨港橋から末広橋梁を見てみます
がっちりとしたメカメカしいデザインですね!
素敵です。



四日市方面から橋を渡った貨物列車は線路に沿って引込み線に入ります。
おそらくここがJR貨物の四日市港。
ここで先頭の機関車は貨物を切り離し、後ろから太平洋セメントの機関車が貨車だけを引っ張って行きます。
貨車はスイッチバックする形になります。

ちょっと見難いですが末広橋梁をわたってきた貨物列車が左から合流します。
右側が太平洋セメントに続く線路です。



四日市港構内の終点付近、結構長い引込み線です。



太平洋セメントに向かう線路。
奥の電柱の辺りが分岐地点です。



分岐地点から末広鉄橋側。



太平洋セメントに向かう線路を追いかけ、終点に着きました。
わ〜〜広いヤードだ!!



なんだこいつ?
DD13みたいな顔してる!!
弁天町の交通博物館でおんなじような顔の車両、見た事あるよ!!
調べてみるとDD45-2との事でした。
構内で貨物をさばく入れ替え機関車のようです。

「静かですねぇ・・・GWだし、今日はお休みのようです。」



太平洋セメントの工場を後にしますが、その途中ですごく大きな踏切がありました。
「わわわ!吊り下げ式の踏切やん!」



この踏切にはすごい思い入れがありまして、私まだ小さい頃、京都の京阪四条駅の踏切がこんな感じでした。
四条駅の踏切は警報音がチンチンと鳴らず、なんだか非常ベルの音だったような気がします。
そして人が閉じ込められないように、「ビーー!」とすごい音がして遮断ワイヤーの降下をストップさせたり、
幼心に「すごい仕組みだなぁ・・・」と思った事を覚えています。
今は駅名が祇園四条に変わり、線路の付け替えで地下になり、姿を消しました。
つい最近では、JR大阪駅の裏を走る梅田貨物線の西梅田一番踏切も吊り下げ式でしたが、いつの間にか遮断棒に取り変わりました。
この貨物線、貨物列車の他に多さか駅を通らない特急列車はるかやくろしおが走行します。
しかも吊り下げ踏切は、遮断ワイヤーの昇降は作業員の手作業なので、大阪のど真ん中に有人踏切があるのは珍しい光景でした。
そんな思い入れのある吊り下げ踏切に好奇心わくわくです!



踏切の操作小屋です。
作業員の方がここで遮断機の昇降の操作を行います。



吊り下げ踏切には、遮断ワイヤーを吊るす4つの支柱があります。
渡る手前に1組、渡った所に1組で、それぞれ1つの昇降装置で連動して動きます。
手前ポールです。
上には滑車があり遮断ワイヤーが吊るされています。



2本の遮断ワイヤーの昇降に繋がるワイヤーはこの巻き取り装置1箇所で行われています。
ワイヤーは魚釣りのリールのように1方向に巻き取られるのではなく、
手前のワイヤーを巻き取り、奥のワイヤーを送り出す2役を兼ねています。
降下の時には、手前の遮断ワイヤーは巻き取られ降下、奥の遮断ワイヤーは送り出され降下する仕組みでした。

巻き取り装置から真下に行くワイヤーが手前の遮断ワイヤーの昇降につかうメインワイヤー。
巻き取り装置から奥のボックスのようなものに入っていくワイヤーが、反対側の遮断ワイヤーを昇降するのにつかうメインワイヤーです。



四角いボックスはワイヤーを直角に曲げる滑車がが入っているのだと思われます。



反対側のポールの上にさらに滑車があり、もう片方のポールまでメインワイヤーは空中を渡っています。



反対側のもう片方のポールです。
空中を渡ったメインワイヤーは、おもりに繋がっています。
これが踏切の開いた時の状態で、踏切が閉じるとワイヤーが送り出され、錘が下がり遮断ワイヤーが降下する仕組みです。
しかし片側はおもりで遮断ワイヤーが下がりますが、もう片方はワイヤーが送り出されるので、逆に上へ引っ張られてしまいます。
そこで糸巻きにもう1本別のワイヤーが巻かれており、メインワイヤーが送り出されると、
同時に巻かれているワイヤーが送り出され、その先に付いている遮断ワイヤーが降下します。



手前側のもう片方のポールです。
ここにはかなりの重量の錘がありました。
踏切が開いている時の定位置はこの状態で、踏切が閉まると、メインのワイヤーが上に引っ張られ、おもりが浮き上がります。
おもりと遮断ワイヤーは、もう1本別のワイヤーでポール上の滑車を介して繋がっています。
遮断機の降下の時は、メインワイヤーが上に引っ張られ、錘が浮き上がると、遮断ワイヤーに繋がっているワイヤーがゆるみ、
その先に付いている遮断ワイヤーが自重で降下します。
遮断ワイヤーは重りと反対の動きをします。



文字で説明すると、わけ分かんないですよね【笑】
トリッキーな動きを見たい方は、実物を見に行ってください。
最近こういう踏切はどんどん減りつつありますので、末期の今がチャンス!



吊り下げ式の踏切の機構に納得させられていると、どこか遠くでピーーーー!っと汽笛が聞こえました
あれ?ヤードの方から??
急いで戻ると、なんだ、今日はお休みじゃなかったんですね!!
構内のスイッチャーのDD13のような顔をしたDD45-2が活動開始です。
一生懸命、タンク車の入れ替えをしていました。



太平洋セメント四日市港 → 家城駅 → 伊勢鎌倉駅 ◆

この後は、少し離れて名松線を回ります。
名松線は三重県の松阪駅と近鉄の名張駅あたりを結ぶ路線と言う事で、頭文字の名松線となりました。
しかぁし、名張方面は計画止まりで、実際には途中の伊勢奥津駅までしか実現していません。
さらぁに、2009年の台風18号の被害で途中の家城駅から終点の伊勢奥津までが不通です。
2014年秋現在もまだ不通ですが、ようやく復旧工事に着手され2015年目処に開通するようです。
というわけで、不通区間も時間気にせず巡りたいとB高さんにゴリ押しでお願いしまして、実現しました【笑】
B高さんの車で、家城駅にやってきました。
小さな駅ですが、松阪方面からの列車はすべてこの駅で折り返し、この先、不通区間へは駅前から代行バスが発着します。





伊勢奥津方面からの列車と交換できるように、交換設備が設けられていますが、まったく使われていません。
反対側のホームは使用中止で、寂しい感じがします。



伊勢奥津方の車止め。
草が生い茂り、廃線のようです。



家城駅の駅員さんと、代行バスの運転士さんと話を楽しみ、しばらくの間、家城駅を楽しみ、先に進みます。
名松線はほとんどの区間、県道15号線と併走します。
車窓には、不通区間の名松線の線路が見えます。
線路脇の廃れ具合が不通になってからの時間を感じさせます。



見覚えのある路地!
ここをあがると・・・・



JR伊勢鎌倉駅に到着です!
ちょうどGW,八重桜が散り、いよいよ梅雨に向けて季節が動いています。





GWあたりから水田に水が入ります。
ちょうどこの時期は植え付けの終わっている水田や、まだ水を張っただけの水田など、いろいろな田んぼを見る事ができます。
また、水田の水鏡が美しく、GWの青空が綺麗に映ります。




駅ノートは健在でした。
列車が来ないこの駅でも代行バスのバス停があるため、待合室は開放されています。
駅ノートには、代行バスでこの駅に降りられた方など、記帳も多くありました。
私もイラストを残させていただきました。

(イラストをクリックすると大きく表示する事ができます)


なにやら小鳥が騒いでいるなぁ・・・と見たら。
鏡に映った自分と一生懸命、対決しています。
あら、かわいい。



伊勢鎌倉駅 → 伊勢奥津駅 ◆

伊勢鎌倉駅から、終点の伊勢奥津駅を目指します。
途中、三重県のリゾート地、美杉リゾート火の谷温泉の前を通過します。
といっても、ほとんど人がおらず、すごい寂しいリゾート地です。
夏場はプールは営業するそうですが、せっかく沿線いこんな観光施設があるのに活かせきれてないですね。
美杉リゾートで検索すると詳細出てきますよ。



美杉という名前のとおり、美しい杉の木の産地でもあります。
沿道には切り出した材木が置かれています。



ようやく、終点の伊勢奥津駅に着きました。
この駅は台風被害の少し前に駅舎が建て変わり、真新しい終着駅だったのですが、駅舎はバスの待合室となっています。
また、駅には、観光案内施設が併設されていて、このあたりの産業を知る事ができます。





これ全部駅ノート。
何系統もの駅ノートが設置され、どの駅ノートも書き込みであふれています。
ぎゃ、昔のイラストもそのまま残ってるし・・・
2009年1月だって・・・・そうか、もう丸5年ぶりの訪問なんですねぇ。
さすがに5年前のイラストはゴミ当然です、いや今でもまだまだゴミレベルですが・・・。
「5年前と比べて少しは進化しているかな。」
こういう時、駅ノート絵師魂に火が付くと言うか、なんだか燃えてきます。
それにしても、なぜセーラームーンっぽい娘なんだ?
5年前の自分にいったい何があったんだろ。



5年前のイラストは恥ずかしいので、駅ノートを人目に付かない奥の方に押し込み、B高さんと駅回りを散策する事にします。
ホームの端っこにきました、ここが名松線の終端です。
ホームに注目です。
線路のない側にも白線がありますので、島式ホームだった事が伺えます。
また駅前の空き地から推測すると、昔は汽車の取りまわしのできるヤードがあったのあもしれません。




つたに覆われたSLの給水塔です。
すごく年季を感じます。




ホームの裏手に回りました。
ここからはホームを見下ろす事ができます。
駅看板もやっと撮影できました。



伊勢奥津駅のパノラマ写真です。
のどかですごくいい風景です。

(クリックすると大きく表示されます)


ホーム前のベンチで、来る途中で買ったお弁当をいただき、私はお絵描きタイムです。
その間、B高さんは観光案内所の地図を頼りに、駅から少しはなれたところまで歩いて散策です。

こんな感じで描かせていただきました。
この駅はやっぱりSLの給水塔がインパクトあります。
キャラは2014年のプリキュア、ハピネスチャージプリキュア!の白雪ひめちゃんっぽい娘です。
2009のセーラームーンっぽい娘に対抗してみました。
この5年後、未来の私が、2014年現在の私の絵を見てなんと言うでしょうか。
きっと、「何、プリキュアみたいなの描いてるんだよ、恥ずかしいわ!!」とか言うのかな【笑】



イラストを描いていると、バスがやってきました。
こういうタイミングにB高さんは散策中。
バスファンのB高さん向けに、1枚撮影しました。



伊勢奥津駅 → 近鉄榊原温泉口駅 → 榊原温泉口(近鉄特急) →  大和八木 → 大阪難波 ◆

さて、いよいよ旅も終わりです。
帰路は近鉄の最寄駅、榊原温泉口駅まで送っていただきました。
途中までは来た道を引き返すのですが、行き違うルートで、線路沿いに山道を走ります。
途中、ガーター橋がありました。
これ、よく見ると端っこの方、線路曲がってますよね。。。。
台風の増水で、少しだけガーター部分が動いたのでしょうが、よく橋げたが流されなかったなぁ。



たぶんこのあたり。
災害直後の写真では、ぐねぐねにレールが曲がり絡まったレールが印象的でしたが、撤去され復旧作業中です。



近鉄の榊原温泉口駅に着きました。
今回の旅は、ここで最後です。
この2日間、何かとお世話になったB高さんとお別れです。
B高さん、本当にありがとうございました。
また、是非遊びましょう!!

特急券と乗車券はPITAPAで改札をクリアし、ホームに上がります。
向かいのホームに、ちょうど賢島行きの伊勢志摩ライナーが通過するところでした。



ところで、榊原温泉口駅の反対側には、B級スポットがあります。
ルーブル彫刻美術館、そのうしろに見えるのが大観音寺。
山の中に異彩を放つ、ビーナスと観音様。



榊原温泉口駅から大和八木駅まで特急を利用し、大和八木駅からは快速急行で大阪難波駅まで帰ります。
大和八木駅では、なんとしまかぜ!
しまかぜは、2014年3月から運行を開始しており、実機を見たのはこの時が2回目でした。
うまいこと、アーバンライナーNEXTと並んでくれました。
しまかぜは他の車両と比べて、1回り大きいように感じましたが、アーバンライナーと並べてもさほど変わりませんね。



2014年5月、予約がいっぱい過ぎて一般人は乗れません、見るだけです。



そのまま、大阪難波に帰りつきました。
おまけですが、奈良線に近鉄奈良線100周年ラッピング車両が入っていました。



今回の旅は、前半2日が大井川鉄道、後半2日が名松線という、ぜんぜん違った旅を一度に楽しむ事ができました。
そして、今回お宅に泊めていただき、車まで出していただきました旅友のB高さんには、深くお礼申し上げます。
おかげさまで、列車だけで行けない場所も楽しむ事ができました。
いつもは列車だけの旅ですが、車の機動力を活かし、車からみた列車の旅も面白いなぁ、と思いました。