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2008年10月12日(日)

米沢 → 福島 → 郡山 → 会津若松 → 咲花 → 新潟 ◆

米坂線で米沢駅に到着しました。 当時は、それほど訪問した事がなく「米沢は未開の地」のように感じていました。
2015年現在はもう何度も訪問し何度も宿泊している宿泊地になっていますが、当時は本当に珍しかったんだと思います。




お昼ご飯は米沢牛!
こんなフレーズで旅したように覚えています。




おいしい米沢牛をしっかりと味わった後は、再び米沢駅から列車に乗ります。
この日の最終目的地は新潟駅。
よく考えると、早朝に新潟駅に着き、ぐるっと1周する結構過酷な旅だったんですね。

奥羽本線郡山行きの車内は、1枚も画像がなかったので、結構な混雑だったと思います。
ドア付近に立って、大沢駅だけ開いたドア越しに撮影したのがこの1枚だけでした。
車両は719系5000番台です。



その後、福島駅から東北本線、郡山駅までの間もかなりの混雑ぶりで画像はありません。
ようやく撮影できたのは郡山駅から乗車する、快速あいづライナー。
485系のあかべぇ塗装です。
その後485系の違った顔のあいづライナーを見た事がありますが、2015年3月で快速あいづライナーは姿を消しました。





今回は指定席を取ったのですが、自由席がらがらと言う結果だけ覚えています。



車窓には会津磐梯山、別名、会津富士。
この区間の車窓はとても美しい。
今も昔も変わりません。



列車は会津若松に着きました。
今の私なら、会津若松で宿泊するプランを立てるか、日中ぎりぎりまで会津に滞在するプランにしているでしょうが、この時は無視です。
数分乗換えで、会津若松から磐越西線に入ります。
そして当時大好きだった、咲花温泉に立ち寄るため、咲花駅を目指します。
この頃から日没で、磐越西線内の画像はありません。
たぶん寝ていたのだと思います。
どっぷりに日も暮れた咲花駅で、車両を見送っています。
車番は不明です。
しかもフラッシュで撮影するという暴挙に出ていますよね、すみません。
今なら絶対やらん事です。



夜の咲花駅は人の気配がなく、寂しいです。
駅看板がJR東日本標準ではなく、当時はまだ旧国鉄タイプのものでした。



駅舎全体。
駅舎は旧駅舎で2014年に今の新しい駅舎に建て変わっています。
さらに駅名看板も一世代前のもので、立替前はプラ板のJR東日本標準のものに取り変わりました。



咲花温泉を散策しましたが、時間が遅かったので日帰り入浴はやっていないとの事でした。





この後、新潟駅に戻り、しっかりと宿で寝て疲れを癒します。
お風呂も。
何の写真もないところから、相当疲れていたんだと思います。

2008年10月13日(月)

新潟 → 鯨波 → 青海川 ◆

この日の行程は、北陸本線で帰路です。
この頃から、新潟から1日で大阪に帰れる事をよく知っていたようです。
その途中2駅ほど拾います。
ホテル泊なのに、始発近い列車で出発しています。
今の私なら、朝はゆっくり休み、朝食を取り、少しゆっくり目に出発していると思いますが、当時は元気でした。
手順に新潟駅から信越本線で、最初の目的地、鯨波駅に到着です。



2015年現在北陸新幹線関係で信越本線や北陸本線が大きく変化しましたがこの区間は何の影響もありません。
鯨波駅も当時も現在も変わりません。
2面2線の対向式ホームで、海に近い駅です。
当時は夏季限定で快速「マリンブルーくじらなみ」が首都圏から柿崎駅まで運転されていたはずですが、最近は名前を聞きません。
東日本大震災行こう運転されていないと記録がありました。





駅舎に描かれた大きな鯨のペイントが、鯨波駅の特徴です。



駅舎は海をイメージする、スカイブルー!
一気に海水浴ムード高まるカラーリングです。



駅からガードを潜り抜けると、海の栄や民宿が数件あり目の前にはきれいな海岸。




夏場は海水浴でにぎわうのでしょう。
景色は抜群です。
さすがに海ですので現在も、なんら変わりないはず。






朝から一人波打ち際遊びをしましたが、寂しかったです【笑】
1時間ほど滞在し、後続の列車でお隣の駅青海川駅に移ります。

この旅の前年、2007年には新潟中越沖地震で、青海川駅は大きな被害が出ました。
WEBの当時の画像を見ますと、跨線橋とホームの一部を残して、崩れた裏山の土砂に飲み込まれています。
当時は、震災より1年後の訪問でしたが、修復された跡が真新しく残っていました。





跨線橋は被災を免れました。
跨線橋から直江津方を見ますと、左手斜面の崩れた土砂が線路を埋め海まで達したようです。





青海川駅は海に近い駅で、ホームのすぐ裏が海です。
その景色はとても美しく、沈む夕日も美しく見える駅です。









新駅舎と古い跨線橋。
このアングルがとても気にいってしまいました。
もし描く機会があるなら、このアングルだな!
でもメインの海が入らないので、何か細工が必要ですね。



山側に民家が数件ありますが、ところどころに震災の爪あとが残されています。



撮影していると、貨物列車がやってきました。
何気なし撮影していますが、今は廃車になっています。
EF81-25号機、2013年ごろに広島で解体されているようです。




次にやってきたのは、こちらも現在は運転されていない、特急北越です。
485系がやってきました。
当時は私の住んでいる大阪は、特急雷鳥が日常風景で、この車両は必ず見る事のできる車両でした。
逆に特急北越(金沢-新潟)を見る機会がなく、新鮮味を感じました。
この塗装ですが、なんていう塗装なんでしょう?雷鳥色?白鳥色?
2015年現在は北陸新幹線の影響で変化があった年ですが、この線区では唯一、特急北越が無くなり、特急しらゆきに変わりました。



後続の列車は115系直江津行きです。
この列車で青海川を出発し、日本海側を進み大阪へ帰ります。